第6回 日本映画の第二黄金期

*注釈*
※1『ひめゆりの塔』

1953年に公開された東映映画。監督は今井正。津島恵子、岡田英次出演。太平洋戦争で国内唯一の戦場となった沖縄を舞台に、勤労奉仕で最前線へと駆り出された女学生たちを描く。



※2『二十四の瞳』

1954年に公開された松竹映画。監督は木下惠介。高峰秀子、月丘夢路出演。主人公の若き女教師・大石久子が小豆島の分教場に赴任した昭和3年から、終戦の翌年までの激動する18年間を年代記的に描く。



※3『ビルマの竪琴』

1956年に公開された日活映画。監督は市川崑。安井昌二、三國連太郎出演。太平洋戦争末期のビルマ(ミャンマー)を舞台に、僧となって戦死者を弔うことを決意する水島上等兵の姿を通して、人類愛を感動的に描く。



※4中村錦之助(1932年〜1997年)

大川橋蔵や東千代之介らと共に東映時代劇映画の看板スターとなり、日本映画界の全盛期を支えた大スター。昭和47年萬屋錦之介に改名。代表作に『一心太助』シリーズ、『宮本武蔵』シリーズなど。



※5東千代之介(1926年〜 2000年)

長唄家元の家に生まれ、54年東映入社。デビュー作の「雪之丞変化」が大ヒットし、端正な容姿と華やかな立ち回りで、たちまち人気スターとなった。特に中村(萬屋)錦之介とコンビを組んだ「里見八犬伝」「紅孔雀」などで、時代劇の黄金時代を築いた。



※6大川橋蔵(1929年〜1984年)

1955年、東映に入社。デビュー作『笛吹若武者』で美空ひばりと共演。その後、東千代之介・中村錦之助・市川雷蔵・大川橋蔵の四人は、「二スケ二ゾウ」と呼ばれ、橋蔵も若手時代劇スターを代表する一人として昭和30年代の日本映画黄金時代の立役者となる。



※7長谷川一夫(1908~1984)

歌舞伎俳優を経て、1927年に松竹から林長二郎という芸名でデビュー。甘く美しい二枚目スターとして人気を博す。1937年に東宝入社を機に長谷川一夫と改名。戦後は大映で大ヒットシリーズ『銭形平次 捕物控』や『地獄門』などに出演。



※8京マチ子(1924〜 )

1949年、大映に入社。後輩の若尾文子、山本富士子と共に大映の看板女優として大活躍した。『雨月物語』、『羅生門』、『地獄門』など、海外の映画祭で主演作が次々と受賞し「グランプリ女優」と呼ばれた。



※9山本富士子(1931〜 )

1950年に第1回ミス日本に選出され、53年大映に入社し、後世に語り継がれる映画のヒロインとして活躍。1956年の映画『夜の河』(吉村公三郎監督)が大ヒットし、美人というだけでなく演技者としても高い評価を受ける。


※10若尾文子(1933年〜 )

1952年、大映に入社。溝口健二監督の『祇園囃子』(1953年)などに出演し、日本映画を代表する正統派美人女優の一人として160本以上の映画に主演した。仙台を舞台にした井上ひさしの自伝的作品『青葉繁れる』のヒロイン(若山ひろ子)のモデルといわれる。


※11市川雷蔵(1931年〜1969年)

歌舞伎役者を経て、1954年に大映所属の映画俳優に転身。1958年に公開された市川崑監督の『炎上』(原作は三島由紀夫の小説『金閣寺』)での演技が高く評価され、トップスターとしての地位を確立したと言われる。


※12『羅生門』

1950年に公開された大映映画。監督は黒澤明。三船敏郎、森雅之出演。ヴェネチア国際映画祭でグランプリを受賞し、世界に“クロサワ”の名を知らしめた歴史的な傑作。芥川龍之介の『藪の中』を原作に、ある侍の死に立ち会った、男女4人それぞれの視点から見た事件の内幕を生々しく再現する。


※13衣笠貞之助(1896年〜1982年)

1918年『七色指環』に女形でデビューし、その後5年間で130本に出演。その後監督に転向し、1920年に『妹の死』でデビュー。サイレント映画『十字路』(1928年)などで最も早く世界的評価を受けた日本人監督といわれる。1953年に『地獄門』で、カンヌ国際映画祭グランプリをはじめ多くの賞を受賞し世界的大監督の名声を獲得した。


※14溝口健二(1898年〜1956年)

1920年に日活向島撮影所に入社。『愛に甦へる日』(1922年)で監督となり、『浪華悲歌』『滝の白糸』などで無声映画時代に地位を確立。第二次世界大戦後は、『西鶴一代女』(1952年)『雨月物語』(1953年)『山椒大夫』(1954年)の3作品が、ベネチア国際映画祭で3年連続受賞の栄誉に輝いた。


※15『君の名は』

1953年に公開された松竹映画。監督は大庭秀雄。佐田啓二、岸惠子出演。戦前の「愛染かつら」と並ぶメロドラマの代表作。昭和20年5月24日の東京大空襲の夜、数奇屋橋の上で互いに命を助け合った真知子と春樹の純真な愛と波乱の人生を描く。岸惠子演じる主人公のショールの巻き方が「真知子巻き」と呼ばれ、女性の間で大流行した。


16今井正監督(1912年〜1991年)

1935年、J.O.スタヂオ(現・東宝)企画部に入社。『沼津兵学校』(1939年)で監督デビュー後、『青い山脈』(1949年)などの監督を務める。『純愛物語』(1957年)では ベルリン映画祭監督賞を、『武士道残酷物語』(1963年)でベルリン映画祭グランプリを受賞している日本を代表する監督の一人。


※17木下惠介監督(1912年〜1998年)

松竹に入社後、初監督作品『花咲く港』(1943年)で山中貞雄賞を受賞。1951年に『カルメン故郷に帰る』で日本映画初の長編カラー映画を発表。1954年『二十四の瞳』でブルーリボン賞、ゴールデングローブ賞外国語映画賞などを受賞。その後も『喜びも悲しみも幾歳月』(1957年)、『楢山節考』(1958年)など数々の傑作を送り出し、日本映画黄金期をリードした監督の一人。


※18小津安二郎監督(1903年〜1963年)

1923年、松竹キネマ蒲田撮影所に入社。『懺悔の刃』(1927年)で監督デビュー。「小津調」と称される独特の映像世界で無声映画からトーキー、白黒からカラー映画と世代を超えて優れた作品を次々に生み出し、世界的にも高い評価を得ている。「小津組」と呼ばれる固定されたスタッフやキャストで映画を作り続けたが、代表作である『東京物語』をはじめ、女優の原節子と組んだ作品群が特に高く評価されている。


※19石原裕次郎(1934年〜1987年)

1956年、兄・慎太郎の芥川受賞作の映画化『太陽の季節』に脇役として出演。その後日活に入社し、『狂った果実』で主演デビュー。1963年、石原プロモーションを設立。70年代に入ると活躍の舞台をテレビに移し、「太陽にほえろ!」「西部警察」などに出演。同時に歌手としても「銀座の恋の物語」「ブランデーグラス」などのヒット作を生み出し、昭和を代表するスターの一人となった。


※20『太陽の季節』

1956年に公開された日活映画。監督は古川卓巳。長門裕之、南田洋子出演。石原慎太郎の小説を映画化した青春映画。後に公開された『処刑の部屋』『狂った果実』とあわせて“太陽族映画”と呼ばれ、日本中に一大旋風を巻き起こした。石原裕次郎が端役で出演し、映画デビューを果たしている。また長門裕之と南田洋子が結婚するきっかけともなった。
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“太陽族”とは、同名映画に影響を受け、夏の海辺などで奔放無軌道に行動する青年男女や、登場人物のファッションスタイルを真似た若者達の総称。ファッション的な特徴は、スポーツ刈りの前髪を短く刈りそろえないで額に垂らした“慎太郎刈り”やアロハシャツなど。太陽族映画に影響を受けた青少年が強姦や暴行、不純異性行為など様々な事件を起こし社会問題にもなった。


※21『嵐を呼ぶ男』

1957年に公開された日活映画。監督は井上梅次。石原裕次郎、北原三枝出演。石原裕次郎を一躍国民的スターにした大ヒット作。美しい兄弟愛とドラマーを目指す若者の熱い姿を描いた、石原裕次郎主演の青春映画。この1作のヒットにより、それまで赤字経営だった日活は再建を果たしたとも言われる。


※22「社長」シリーズ

東宝が1956年から1970年までに製作した喜劇映画のシリーズ。高度成長期の企業を舞台に、浮気者の森繁社長(森繁久弥)に謹直実直の秘書(小林桂樹)や慎重な総務部長(加東大介)、宴会好きの営業部長(三木のり平)らを配しててんやわんやの仕事ぶりを描く。


※23『生きる』

1952年に公開された東宝映画。監督は黒澤明。志村喬、日守新一出演。癌で余命幾ばくもないと知った市役所の市民課長が、これまでの無意味な人生を悔い、最後に市民のための小公園を建設しようと奔走する姿を描いた黒澤明監督によるヒューマンドラマの傑作。ベルリン国際映画祭にてドイツ上院議員賞を受賞。


※24『七人の侍』

1954年に公開された東宝映画。監督は黒澤明。三船敏郎、志村喬出演。戦国時代、夜盗化した野武士に襲われていた村野百姓が七人の侍を雇い、野武士を撃退するまでを描く。日本の時代劇に西部劇の面白さを取り入れ、黒澤流のヒューマニズムを盛り込んだ黒澤映画の最高峰。海外への影響も強く、多くの模倣作品を生んだ。ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞を受賞。


※25『宮本武蔵』

1954年に公開された東宝映画。稲垣浩監督、三船敏郎主演、東宝製作の宮本武蔵シリーズ三部作の第一作。若く未熟な武蔵が侍になることを夢見て関ヶ原の戦いに参加するエピソードから、沢庵和尚の導きで武芸者として開眼し、武者修行の旅に出るまでを描く。アカデミー外国語映画賞名誉賞受賞作品。


※26『浮雲』

1955年に公開された東宝映画。監督は成瀬巳喜男。高峰秀子、森雅之出演。欲望の赴くまま自堕落な生活を送る男の態度に傷つきながらも、彼から離れられない女の姿を冷徹な眼差しで描き切った成瀬監督の代表作。


※27『夫婦善哉』

1955年に公開された東宝映画。監督は豊田四郎。森繁久彌と淡島千景にとって、出世作ともいうべき記念碑的作品。人は良いが生活能力の無い問屋の息子と、それを知りながら絶ち難い絆で結ばれる芸者との愛情と愛欲の世界を描いた人情恋愛映画。


※28「ゴジラ」シリーズ

東宝が1954年に公開した特撮怪獣映画。同年3月1日にビキニ島の核実験によって起きた第五福竜丸事件をきっかけに製作された。怪獣ゴジラは人間にとっての恐怖の対象であると同時に、「核の落とし子」「人間が生み出した恐怖の象徴」として描かれた。特撮怪獣映画のはしりとして国内外に多大な影響を与え、2005年までに28作品製作された。


※29『カルメン故郷へ帰る』

1951年に公開された松竹映画。監督は木下惠介。高峰秀子、佐野周二出演。日本映画初、国産のフジフィルムを使用した総天然色の長編映画。この映画でのカラー撮影には相当の明るさが必要なため、コスト削減でほぼ全編をロケーションで撮影している。東京でストリッパーをしている娘が友達を連れて里帰りをし、静かな村が大騒ぎとなるさまをコミカルに描いた軽快で哀愁溢れる喜劇作品。

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