第5回 戦時下での映画

*注釈*
※1『ハワイ・マレー沖海戦』

1942年に海軍省の至上命令によって東宝映画が製作、社団法人映画配給社配給で公開された戦争映画・国策映画。1941年12月8日の真珠湾攻撃および12月10日のマレー沖海戦の大勝利を描き、国威称揚させることを目的とした。開戦一周年記念映画として1942年12月3日に公開された。



※2『宮本武蔵』四部作

『宮本武蔵 草分けの人々』(1940)、『宮本武蔵 栄達の門』(1940)、『宮本武蔵 剣心一路』(1940)、『宮本武蔵 一乗寺決闘』(1942)の四作で、いずれも監督は稲垣浩、武蔵役は片岡千恵蔵の日活映画。



※3『暖流』

1939年に公開された松竹映画。監督は吉村公三郎。腐敗した病院の立て直しをめぐって院内で展開される権力争いを背景に、院長令嬢、事務局長、医師、看護婦らの恋模様を綴ったメロドラマ。吉村公三郎の出世作で、助監督に木下惠介、中村登らがついている。



※4『無法松の一生』

岩下俊作の小説およびこれを原作とした映画・演劇。乱暴者の人力車男が、密かに想いを寄せる陸軍将校の未亡人のために献身的に尽くしぬく様を描いた人間ドラマ。初の映画化は1943年10月28日に大映から稲垣浩監督作品として公開。



※5ニュース映画

1934年頃から、トーキーの発達に伴い新聞社を主体に製作活動が活発となった。1939年の映画法施行以降は政府の強力な監督下に置かれ、1940年にはニュース映画各社を統合した日本ニュース映画社が設立。毎週「日本ニュース」を製作して全国の映画館で同じニュース映画を上映することが義務付けられた。内容は、天皇や皇族関連の話題、政治家や将軍たちの演説、そして戦争の状況という構成が主だった。



※6『姿三四郎』

1943年に公開された社団法人映画配給社(紅系)で、黒澤明の監督デビュー作。柔道の素晴らしさを知った主人公姿三四郎が、柔道を通じて人間的に成長していく姿を繊細かつダイナミックに描いた痛快娯楽作品。藤田進、大河内傅次郎らが出演。 当局の検閲時、検閲官の一人であった映画監督・小津安二郎は、この映画を「100点満点で120点」と評したと言われる。



※7『そよかぜ』

佐々木康監督による戦後初の公開映画。主役の並木路子さんが劇場の照明係を演じ、楽士役の上原謙氏や佐野周二氏が並木さんをスタ−に育てあげるという物語。映画の挿入歌として作られた「リンゴの唄」(作詞・サトウハチロー、作曲・万城目正)は、翌年、並木路子さんと霧島昇氏のデュエットでレコード化され、大ヒットした。



※8『多羅尾伴内』

多羅尾伴内とは、ミステリー・アクション映画シリーズおよび同映画の主人公である探偵の名前。片岡千恵蔵主演で1946年から1960年の間、大映・東映で合わせて11作が制作された。主人公は変装の名人という設定であり、「ある時は片目の運転手、またある時は……」というセリフが有名。



※9『金田一耕助』

横溝正史原作の推理小説に登場する架空の探偵で、1947年以降現代に至るまで、石坂浩二や古谷一行など多くの俳優によって演じられている。初代金田一は片岡千恵蔵によって演じられた。千恵蔵の金田一は原作のボサボサ頭にお釜帽(フェルト帽)、袴に下駄履きといった姿と異なり背広にソフト帽というスマートなスタイルだった。『多羅尾伴内』シリーズと並び、これらの作品は戦後娯楽に飢えていた観客に受け入れられ、いずれもヒット作品となった。





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