第9回 映画の街盛岡のこれから

 1950年代後半から次々に開館した盛岡の直営館は、昭和50年(1975年)に日活、昭和58年(1983年)に松竹、平成16年(2004年)に東映、そして平成17年(2005年)に盛岡東宝がそれぞれ閉館・撤退してしまいます。その一方で、昭和37年(1962年)に設立された南部興行株式会社が、昭和39年(1964年)に盛岡ピカデリー、昭和54年には盛岡日活劇場の跡地に盛岡名劇、昭和62年には盛岡ルミエール1・2、平成2年(1990年)に名劇2を開館させ、盛岡の映画文化を今日まで支えています。

 この、南部興行株式会社を立ちあげた小暮重信氏は、終戦間もない昭和21年(1946年)に創刊された映画雑誌「映画」の編集長を務めていた方です。小暮氏は日活直営館の「盛岡日活劇場」の建設に参画し、編集長で培った数多くの映画人や俳優たちの人脈を活かして、日活劇場のこけら落としには日活の大スターであった小林旭や浅岡ルリ子等を呼び、華々しくオープニングを飾ったと言われています。また、小暮氏が編集長時代から親交が厚かった淀川長治氏がルミエール立上げ時の名付け親になったことは、有名な話です。平成21年(2009年)、盛岡ピカデリーと名劇1・2は施設の老朽化やシネコンの影響などから一度閉館します。しかし『おくりびと』のアカデミー賞外国語映画賞受賞による大ヒットで、ルミエールだけでは回らなくなったことから盛岡ピカデリーが再開。一度閉館した映画館が一ヶ月足らずで再開するという例はとても珍しく、映画の街とともに築き上げてきた絆による奇跡ともいえる出来ごとです。南部興行現社長の小暮信人氏は公の場での挨拶の際にはこの件に触れ、観客に対する感謝の意ともに、これから映画の街盛岡に恩返しをしていきたいと述べています。

 また、それまで盛岡で見ることのできなかった単館系の良質な作品を上映するフォーラムが平成5年(1993年)に開館。その後、平成6年(1994年)にフォーラム2、平成7年(1995年)にフォーラム3が続いて開館しています。平成18年(2006年)、フォーラム(現:フォーラム盛岡)はフォーラム1〜3を閉館し、大通商店街にある複合ショッピングセンターMOSSビル内にシネマコンプレックスとして移転しました。さらに名劇1・2の場所にアートフォーラムを開館しています。地方都市で問題視されている若者が中心市街地を訪れなくなるといった現象は盛岡では少なく、その背景にはフォーラム盛岡が中心市街地の活性化に大きく寄与していることも挙げられます。

 そして、映画館通りにできた映画館第一号として、映画の街盛岡の、そして映画館通りのシンボルでもある中央映画劇場。平成17年(2005年)からは閉館した盛岡東宝の経営も受け継ぐなどもし、長きに渡って映画の街盛岡を牽引し続けてきました。しかし、平成23年(2012年)3月末で中央映画劇場と盛岡東宝を閉館することが決定。半世紀以上の歴史ある映画館だけに、惜しむ声は後を絶ちません。しかし今後も、同じく映画館通りにある中劇2・3にて映画上映が継続されます。この中劇2・3が入るビルは、映画館通りの劇場第二号の盛岡東宝第一映画劇場があった場所でもあります。中劇は、この歴史ある場所で、これからも映画の街の灯を守り続けていきます。

 平成23年(2011年)3月11日に起きた東日本大震災。震災に伴う停電もあり、盛岡市内映画館もまた営業中止となっていました。しかし震災から約1週間後の3月19日、盛岡の映画館が営業再開を決定します。この当時は『ジャンプHEROESfilm−「トリコ3D 開幕グルメアドベンチャー!!」「ONE PIECE 3D 麦わらチェイス」』や『映画プリキュアオールスターズDX3 未来にとどけ!世界をつなぐ☆虹色の花』など、子供たちに大人気のアニメが春休み映画として公開される時期でもありました。震災の影響で街は暗く、ガソリンも食料や物資も安定せず、テレビ番組はあまりにも辛く哀しい現実を映し出すものばかりでした。この時期に映画館を再開させるという決断に至るには、多くの葛藤があったことと思われます。しかし、映画館の再開によって元気づけられたり、このことが安心材料となった方もいたことは事実です。また、4月以降は昭和の名作を震災復興上映として上映したり、原発問題について考えさせられる映画も多数上映されたほか、被災地での移動上映会など、各映画館で様々な取り組みがされました。そこからは映画の街盛岡の映画館としての想いが伺えます。

 平成24年(2012年)には、震災後の岩手でロケが行われた『HOME 愛しの座敷わらし』が公開されます。岩手で本格的なロケが行われた作品は高橋克彦原作の映画『オボエテイル』以来のこと。映画のロケは2011年6月から約1ヶ月、遠野市のほか、盛岡市内、小岩井、滝沢村、花巻などで行われました。監督をはじめ製作者は、岩手の魅力をたくさんフィルムに収めているので、この作品をもって岩手を全国にPRしていきたいという想いをコメントしています。公開は4月28日。とても期待が高まります。

 映画の街盛岡はこれまで長きに渡って多くの歴史を積み重ねてきました。それは、映画ファンや映画館関係者ばかりでなく、盛岡のそして岩手の財産です。そしてそれらは、たくさんの人によって支えられています。映画館通りはこれからも、さまざまな想いを受け止めながら、映画の灯を守り続けていくことでしょう。


=参考文献=
盛岡タイムス Web News 2004年 1月 8日 (木)付記事  
朝日新聞 2011年11月5日付記事
盛岡学編集室発行『盛岡学 vol.2』

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