第1回 「映画館通り」の名前の由来

街灯に付けられた看板

 盛岡には「映画館通り」と呼ばれる通りが存在します。盛岡の繁華街である大通商店街と交差するこの500メートルほどの通りには市内の映画 館が集中して軒を連ね、現在も6館16スクリーンが集中して立地しています。地方都市でこれだけの映画館があり、かつ1本の通りを中心にそれらが集まって いるのは全国的にも珍しいことです。

 この名称はバス停の名前になるほど定着していますが、いつ、誰によって名付けられたものなのでしょうか。今回は映画の街盛岡のシンボルである、「映画館通り」の名称の由来について伺いました。

 「かつての映画館通りには、中劇、中央ホール、松竹、東宝、日活、東映…と多くの映画館が並んでいました。映画館通りという名は市が名付けたわけでもなく、自然発生的にできた名称なのです。」

 昭和初期に菜園・大通地区を盛岡の中心地域とすべく大規模な開発事業が始まり、開運橋を支点に、御田屋清水(おたやしみず)までの大通、城址までの菜園通 り、そしてそれと交差する映画館通り(旧元園町)の三幹線道が昭和10年に完成しました。その完成とあわせて新市街地の起爆剤となる集客施設である映画館 第一号が誕生。戦後も相次いで映画館が開館し、昭和30年代には盛岡の映画街が完成しました。昭和35年(1960年)には盛岡市内の映画館15館のうち 6館が映画館通り周辺に建ち並んでいました。

 「当時の映画館は今のようにテナントビルの中にあったのではなく、1軒1軒建ち並び、かつその前には話題の映画の絵看板で彩られていたので、誰が見ても映 画館であることが一目で分かりました。」 その街並は盛岡を良く知らない訪問者にとっても分かりやすい目印になることから、地元の人々は盛岡の道案内などの際に「映画館通り」という言葉を使用して いたと言います。 「中ノ橋を渡ってから桜山神社に続く道(現在の東大通)がまだ無かった頃、大通方面への道案内をする時には、『県庁通りから御田屋清水(おたやしみず)へ 曲がると大通です。』『映画館通りへ曲がると大通です。』『県庁通りを真っ直ぐに行って柳新道(やなぎしんどう)へ曲がると大通です。』のように、盛岡の 人々が道案内の目印として、岩手公園付近にある『御田屋清水(おたやしみず)』、菜園の『柳新道(やなぎしんどう)』、そして『映画館通り』と使っていた ことがその名が広く知れ渡った由来」だそうです。

現在の映画館通り
現在の映画館通り

 盛岡の映画館は昭和30年代までは市内各地に点在していて、当たり前にそこにあるもの、生活のすぐ隣にあるものでした。その中でも特に、映画館が軒を連ね る映画館通りは、映画の街盛岡の象徴でした。映画館通りができたことによって、そこに人が集まり、商店街がさらに賑う。大通商店街を中心とした盛岡の中心 市街地はそうして発展してきました。時代の流れと共に市内映画館の数は減少したものの、映画館通り界隈には現在も映画を楽しむ人々が集っています。「映画 館通り」という名称が変わることなく使われているのはその証とも言えるでしょう。映画館通りは盛岡の映画文化を継承している大切な財産です。

斎藤五郎さん

1930(昭和5)年盛岡市八幡町生まれ。父親が衆楽座、旧盛岡劇場の舞台装置師だった関係で幼少より舞台に慣れ親しむ。独立映画社轄痩f社に入社し支配人として東京、秋田、弘前、盛岡などの映画館に勤務。
岩手県民会館設立メンバーとしてスカウトされ、事業課長、施設課長を勤められた後、盛岡市民文化ホールの初代館長となり、市内の舞台芸術関係者の育成と芸術文化の振興に貢献。現在、社団法人岩手県芸術文化協会副会長を務める。
映画館の支配人の経験を活かし、みちのく国際ミステリー映画祭実行委員会委員として同映画祭を成功に導く。
岩手県教育表彰(学術・文化)、NHK東北ふるさと賞、県・市芸文協表彰、市勢振興功労者などを受賞。
お問合せ/盛岡市商工観光部商工課 岩手県盛岡市内丸12-2 TEL:019-651-4111
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